「どこまでって……」

「野々花ちゃんから、何か聞いているんじゃない?」

「……」

言い方からして、やはり『そそのかし』を極秘事項扱いしているのは間違いないか。素直に聞いたと言えばいいのだけど、話してはいけないことを話したとして野々花に何らかの処罰が下るのではと友人心から庇ってしまいたくなる。

そんな私を見てか、ふふと司書長は笑った。


「そう怖がらないでちょうだいよー。というよりも、その反応で分かるわ。あなたは顔に出やすいのねー」

「勝村司書にも、同じことを言われました……。勝村司書は決して悪意を持って話したわけではないので」

「ええ、ええ。安心して。それに野々花ちゃんがあなたに話した段階ではまだ極秘事項になっていなかったのよ。セーフ。野々花ちゃんから『そそのかし』を預かった後にあった司書長たちの集まりでの決定したのー。あ、だからこれからの話も内緒よー。野々花ちゃんにはもう言ってあるからー」

「それじゃあ、勝村司書が持ち帰ってきたのがーー」

「初めてよ。私もびっくり」

びっくりには似つかわしくない表情は、来たときより変わっていない。安心出来るし、信頼出来る上司なのだけど、どことなく彼と同じで心が掴みにくい人だった。

「本当だったら、こんなイレギュラーが
発生した時点で、図書館(アトラクション)の運営をやめるべきなのだけど。虫を持ち帰って来られるとなっただけで、『それで?』と思う司書長が多くてねー。『訪問』をしたお客さんの誰一人として、『そそのかし』を見た人はいないのも問題視されない点よねー。何かあったらどうするんだー、って意見もあるけど。今の時代、何かあったら何とでも出来ちゃう世の中でしょ?どんな危険も軽視されちゃうのよ。『何かあったら神頼み』が言葉通りに出来ちゃう時代よね。昔はお百度参りだなんて、裸足で参道を行ったり来たりしていたものだけど」

何かを壊してしまっても、元通りにしてもらえる。病にかかってしまっても、治してもらえる。

何かあっても、大丈夫。
そんな単純な公式が出来てしまうのも、聖霊の力があるからだった。

それだけ世の中は平和で生きやすくなったということなのだけど。

「また顔に出ているわ」

「すみません。何があっても大丈夫なんてこと……、ないのに」

私は、その公式が好きではなかった。

何があっても大丈夫。つまりは、何があっても平気だと今あるものを軽視しているように思えて。本当に大切にすべきことを見失っている気がする。

当たり前のように持っていたものが、ある日突然なくなってしまう恐怖すらも塗りつぶされていく幸福(大丈夫)な日々。それを恐ろしいと思ってしまう私はーーきっと、“体験者”だからなのだろう。

「そんな顔をしないで、雪木ちゃん。『そそのかし』の究明はもとより、何かある前に対処出来るよう、私も尽力を尽くすわー。こう見えても私、司書長たちの中では古株なの偉い方なの!もしかしたら、近々お仕事がお休みになるときが来るかもだけど、その時は図書館スタッフ全員で旅行にでも行きましょうかねー」

励ますかのような司書長の口振りには笑ってしまった。権力を振りかざすことなく、誰にも分け隔てなく優しい司書長。だからこそ、図書館運営の要たる上位聖霊『ブック』とも懇意に出来るのかもしれない。