物語はどこまでも!


(ーー)

図書館『フォレスト』で起こった事件は、歴史に名を残さんがごとく、大々的に取り上げられた。

建物の甚大なる損害はもとより他害による重傷者。こればかりでは『歴史に』と膨張することもないが、上位聖霊の加護ある土地であったのならば話は別だ。

平和な世を脅かす存在が現れた。
聖霊は人々を守るものではないのか。
かの方の加護の力がなくなってきているのではないか。

平和(幸せ)が当たり前だと思っていた人々にとって、最悪の想定はいっそ笑えてしまうほどに脚色されていく。

『世界が終わる序章ではないのか』

「ふふっ」

新聞の一面に大きく書かれた文字には、我慢の限界というものだ。

笑ってしまった口を抑えつつ、その必要もないかと今はこの場に“私”しかいないと、当の人は新聞を机に置く。

朝霧に包まれた世界。この時間はこの場所ーー図書館(古城)の屋上には人間も聖霊も立ち入らないよう話はしてある。

コーヒーと、シナモンロールを口にしつつ、“彼女”はふと、気付く。

「あなたももう消えるのねー。やっぱり、物語界で産み落としたせいか、現実世界じゃそう長くないのかしらー。一週間もしないうちにこんなに縮んじゃってー」

かわいそうにと、あくまで笑顔で語る“彼女”は机上の黒い物体ーー五つの複眼が潰された芋虫を撫でてみせる。

その手を這って上がろうとする芋虫は、今にも息絶えそうなほど弱々しく。されど、必死になって、“彼女”の肩まで上がってみせる。


「あなたのおかげで本当に助かったわー。見てごらんなさい、これ。“人間たち”の情報がたくさん載っているんだけどねー。みんな、怖い怖いって言いながら、この刺激(スリル)楽しんでいるのよ。世間はこの話題で持ちきり。当たり前の平和がなくなってソワソワしちゃう人間たちとね、『かの方』への信仰を更に深める人間たちがいるのー。

それこそ、当たり前よねー。偉大なる『かの方』を尊ぶことは。手遅れになってから気付くなんて愚かなのだけど、『かの方』はとても慈悲深いのですから、私もこの愚かさを愛しく思わなければなりませんね。尊び、愛すべき『かの方』へ失われつつある人間の信仰を再び開花させるだけでなく、平和な世界に飽きてしまった傲慢な人間の欲求も満たす。一石二鳥とはこのことでしょうか。私のこの“貢献”は『かの方』へ伝わればよろしいのです、が……あらあら、いけない」

気が緩んでしまったと、“彼女”はおどけてみせるが、その輝きは隠しきれるものではなかった。

白き羽毛の翼が右に三枚。
七色に輝く透明な翅(はね)が左に三枚。
相反する輝きは決して交わることなく、目眩さえも起こさせる色を放つ。

そんな禍々しさを生やした“彼女”を見るのは黒い芋虫のみ。

輝きで残った一つ(目)が焼けようとも、芋虫は“彼女”の肩から離れようとはしない。


「ぁ……ま……ま……」

それが最後の言葉にして、最初の願い。
灰となった芋虫は、宙で霧散した。

「ふふっ。とてもお利口さん。また産み出そうかしら?ああ、でも、もう物語界もこの子たちが育つには安全じゃなくなるわねぇ。この前の議題で、物語界の警備を固めるべきではないかとか言っていたけど。んー、迷うわ。司書長として決断を渋るわけにもいかないし、上位聖霊として『それは出来ません』と言うわけにはいかないし。かといって現実世界にこの子たちがいたら、すぐに殺されてしまうだろうし。ーー致し方ありませんね。もう終わりとしましょう。目的は果たせましたし、私の“善行”も『かの方』はきっと見ていて下さったに違いない、きっと。お褒めの言葉がないのは残念ですが、あなたは最上の御方。下々が奉仕するのは至極当然のことです」

立ち上がる“彼女”は天を仰ぐ。
きっと全てを見通し、幸せにしてくれる天上に“いるであろう”御方を讃え謡う。