「ようこそ、悲劇の物語へ」
私は終わり行く世界(本)の中にいた。
背景は崩れ去り、黒のインクで塗りつぶされた世界はとても物語の中とは言えなかった。
物語の崩壊。
そこに唯一立っている青年は、私に語りかける。
「どうやら、僕の目論見(悪魔の筋書き)は失敗に終わったみたいだね。現実世界もやはり、絵本の世界のように善が勝つようになっているのか。ーーもうしかしたら、最初からこうなるシナリオが出来ていたのかもしれないねぇ。まあ、もうどうでもいいけど」
全てが手遅れになったと、青年ーーウィルは笑った。
「ようやく終われるよ」
泣きながら、笑った。
「長かった。思い返せないほど途方もなかった。物語の崩壊とは、とても陰惨なものかと想像していたけど、呆気ないものだ。こんなことなら、最初から自殺していれば良かったよ。君やセーレたちを巻き込んで本当にすまないと思っている」
セーレの言葉で私があからさまに反応をしたのを見てか、ウィルは指で私の後方を指差した。
「セーレさん!」
そこには横たわる彼の姿があった。
いつもの余裕ある姿ではなく、全身に傷を負った彼。最悪の想像をしたが、触れた場所から伝わる温もりで安堵する。
「そそ、ぎ……。どうやって。い、いや、早く、もとの世界に」
片目を開けることさえもやっとの彼は相変わらず、私の心配ばかりする。
「あなたが大丈夫じゃないのに行けるわけがないじゃないですか。ーー私はもう、“大丈夫じゃないあなた”を置いていきません」
握った彼の手。握り返し、何かを言いたそうにしていたが、後でたくさん話しましょうと今は自分の身を案じてほしいと返した。
「雪木ちゃんが来てくれて良かったよ。彼には早くこの世界から出て行ってほしいのに、そんなになってもまだ僕に『物語を進めろ』って言って聞かないんだ。このままだと、崩壊に巻き込まれる。僕は君にそこまでのことを求めてはいない。
君のことは羨ましく妬ましいとさえ思っているけどーーでも、恩人だと思っている。君がいなければ僕はとっくの昔に崩壊(これ)をしていただろうからさ。
君が止めてくれたから、僕は物語を進めることが出来た。期待してしまったんだ。そうして期待出来る出来事があり、失敗した。彼はまた期待(生きろ)と言うけどさ。もう限界なんだ……。終わらない悲劇は、僕の手で終わらせる。これが僕のハッピーエンドなんだ」
見捨ててくれ。
そう言ったウィルは相変わらず、泣きながら笑っている。
「セーレだけでなく、君だって恩人だと思っている。僕に名前をくれた君を。あの時は久々に笑ったなぁ。聖霊さんには簡単な名前をつけたのに、僕には『さっきあった王子様みたいにかっこいい』からって、その王子に似た名前をつけて。セーレの怒りようときたら……。物語外であった大切な思い出だ。僕もまだ笑える心を持っているとーーこんなことがあるならきっと、僕にもまだ笑える未来があると期待を膨らませてしまった。
だから、……だから、お願いだ、雪木ちゃん。セーレと共に行ってくれ。もう僕は誰も殺したくはないんだ!」
湖に沈めたネズミや、子供のように。
いくら始まりに戻れば生き返るとしても、それを良しとしていればウィルはここまで苦悩しなかっただろう。
むしろ、“何度も殺すから”より酷い物語だとウィルは。


