物語はどこまでも!


「なんで、忘れていたんだろう」

滲んだ映像をきちんと見ようと目をこするが、そこはもう別の世界となっていた。

暗闇から藍色。月で照らされた夜の色に似ている場所に、私はいた。

辺りを見回す。周りには円を描くように本棚ーーいや、空中で整列している数え切れないほどの本があった。人間の視界内では収まりきらないほど上へと向かっていく。果てがないくせに、とても窮屈に思えた空間は本の世界だ。人の住処ではない。出した声がこれほど虚しく聞こえるなんて、この世界には他に何もないんだと思えた。

現実世界では有り得ない場所。なのにひどく、懐かしい。

「ここに、“彼”は……」

“いたんだ”。そう確信出来るほど、断片的ではあるが眠っていた記憶が戻っていた。

覚えがなかった記憶を取り戻しても混乱せず、むしろ穴が埋まったかのように受け入れることが出来たのは胸の内が温もりに溢れていたから。

私は、セーレさんと会っていた。
ここで色々な思い出を作ってきた。

図書館のスタッフとなり、初めて本に『訪問』したと“思っていた”時を思い出す。

彼はあの時、私の名前を呼んでくれた。
けど、私は。

『誰ですか?』

そう返した己の残酷さを知る。
彼は涙を流さなかった。一瞬だけ、ほんの一瞬、泣きそうな顔をしたけど。

『セーレだ。これからよろしく』

私との未来(これから)に期待を込めて笑ってくれた彼。

それからまた、私は図書館として、彼は聖霊として、思い出を作っていく。

ずっとずっと、私のそばで。“何も思い出さない私の近く”にいてくれた彼は、どんな気持ちだったんだろうか。考えただけで、涙が止まらない。

幼き日なら、ここで彼が私の頭を撫でてくれた。けど、今は。

「今度は、私が……!」

彼に会いに行く番なんだ。
袖で無理やり涙を拭い、渇を入れるため頬を叩く。うじうじしてはいられない、ここに彼はいないんだ。

どうすれば、あの絵本の中に行けるのか。答えを導き出す前、手元に一冊の本があるのに気付いた。