先ほどの衝突音が爆撃さながらの轟音とすれば、今、彼から鳴った音はとても間延びしたーー文字にするならば、“ぽーん”っと。
「うわー!」
弾む。
壁に激突した瞬間、逆回しをしたかのように体が跳ねた。
ならばこそ、行き着く先はスタート地点であり。
「ーー!」
当初より彼が行っていた体当たりによる特攻が初めて、手応えがあるものになった。
さながら、ボールをぶつけられよろめく体か。倒れるまでは行かないものの、『そそのかし』の複眼は彼一点に絞られた。
『そそのかし』にぶつかったことで、エネルギーをなくしたか。ころころと転がる青い羊は、運悪く野々花のもとまで来てしまう。
野々花を安全な場所まで逃がそうにも、この体には腕も足もない。息を振り絞り、体を前転させ、守るべき主より距離を取った。ーー矢先。
「ぁ、おおおおあぁ!」
仕返しと言わんばかりに、頭からマサムネの体へ突っ込む巨体。跳ねることなど許さず、大木の壁に押し込む。その純粋な力技に耐えることが出来ない大木がミシミシと軋みを上げ、砕け散る。
強化ガラスなど最初からなかったかのように、外へと飛び出す二匹。地面を抉り、盛大な土煙をあげる。そうして。
「ごほっ、マサムネ!」
訪れた沈黙。嵐後の静けさの中、晴れていく土煙。歩くこともままならない野々花が這ってでも向かった先にあった光景はーー
「うわーん!ノノカー!」
泣くマサムネの体に突っ伏したまま、動かない『そそのかし』がいた。
顔全体が青い毛に覆われたまま、身じろぎもしない『そそのかし』。黒き体の横を通り、マサムネの体に触れる。
所々、木片が刺さっているが致命傷の傷はない。安堵するには、『そそのかし』がマサムネから離れることが先決だが。
「きもちわるいっ、きもちわるいよー!ボクのお腹で、スースーしてる!」
パニックになるマサムネを宥めているからか、野々花も冷静さを取り戻す。
「『スースー』?」
いったい何のことだと思えば、マサムネの毛が規則正しいリズムで揺らめき、確かにそんな擬音も聞こえてくる。
「ねてる、のか……」
にわかには信じられないことだが、息をしているのに動かないとなればそうとしか考えられない。
日の光に当たると眠ってしまう弱点でもあるのか、いや、リーディングルームとて日の光は十分にーー
「ノノカー、とってー!」
「ま、待ってろ。今!」
愛しきネイバーの一大事。考えるのは後だと、野々花は引き剥がしにかかる。大きさと形状からして、明らかに動かし易いマサムネを押そうと毛の中に体を沈めた瞬間ーー
「あ……」
全て、理解した。
「マサムネ、お前はやはり私の最愛たるネイバーだ」
「へ、ノノカ何をーーごほんっ、当たり前でありまする!ノノカのためならば、某、例えどんな化け物相手だろうと怯みませぬよ!」
「ああ、まったくもってお前の成長には常々……。ふふ、まったく。大切なモノ(弱み)を持つと心もまた軟弱になると思っていたが、その弱みすらも需要したくなるほど、私はお前が愛しくて適わないよ」
「っっ!も、もったいなきお言葉ですが、ノノカは弱くなどありませぬ!何も持たない強き者よりも、何かを守れる強き者の方が強者なのです!」
「それは正しくお前のことでもあろうよ。素晴らしき強さであり、そ、う……すばらし、き……」
弱くなった声量に慌てるマサムネだが、対する野々花は満悦気な表情でーー


