物語はどこまでも!


「ノノカああぁ!」

場面は転じる。
予想だにしなかった第三者によってーー


「マサムネっ!」

見開く彼女の眼には、小さな青い羊ーー彼女のパートナーたる聖霊が映る。

『そそのかし』への捨て身の一撃は特攻による体当たり。そこに考えなどなく、今まさに食べられようとされている主を救いたいがための一撃だった。

それに対して『そそのかし』が怯むことなどないが、気が逸れる。野々花を食らおうとする顎を閉じ、寸胴の体を揺らし、でんでん太鼓のようにしなった両腕で邪魔(羽虫)を弾く。

体積が少ない体はよく飛んだ。ここに来て、野々花の悲鳴が上がる。

どんな猛者を相手にしようとも揺らがなかった心が一気に鳥肌立った。相手を倒すことしかしなかった刀を杖代わりにし、激突の音がしたもとへ向かう。

途中、暴れる『そそのかし』の頭が手近に迫ろうとも、彼女は見向きもしなかった。

残った一つの複眼が見るは、勇ましさの欠片もない今にも泣きそうな女の姿のみ。己の吐いた血反吐にまみれながら、おぼつかない足取りで、ただ一点だけを見つめている。

恰好の的だが、『そそのかし』の意識もまた別のものに逸れる。

「ーーーーー!」

光さす空を仰ぎ、鯨の咆哮が木霊する。
いつまでも響き渡るのは、止める者がいなかったからだ。

邪魔(立ち向かってくるもの)はいなくなった。思う存分に声を上げ続けーー続けなければならないのは。

「ーー、ぁ、まーーああああぁ!」

“返事をする者がいないから”。

そんな『そそのかし』の行為にすら目配せもしない彼女は、ようやっとたどり着く。

土煙の中、木々の破片が突き刺さり、血を流す小さき者を恐る恐る腕に抱いた。

「まさ、マサムネっ!なん、なんで戻ってきた!私は雪木と共にいろとーー逃げていれば良かったものの!」

腕に力を込めては血が余計に流れてしまうと抑える代わりか、腕が、声が、震える。

「どうしてあんなのに立ち向かったんだ!お前みたいなのが、勝てるわけないのにっ、こんなことになるのは分かりきっていたことだろう!大人しく逃げていれば怪我などしないのに、自殺のような真似をし、て、なんて愚かな……!」

言いながら、分かっていた。

「愚か者だ、本当にーー私はぁ!」

愚かであるのは自分だと。
あれに立ち向かい、あれに勝てるわけがなく、あれから逃げもしなかったのは誰か。

自殺の真似をして(何があって)も、何とかなると豪語し、その結果死ぬことがあっても本望であると自己陶酔に浸っていた己こそが愚の骨頂。

それに気づかなかったわけではない。見ないふりをしていた。見向きもしなかった。

見たくなかったからこそ、目を背けた。

恒久的な幸せと引き換えに、一時の刺激(快感)を優先してしまう罪深さに蓋をした。