わたしは靴箱まで来ると、グラウンドに目を向けた。

 昼過ぎから降り始めた雨が止むどころか余計酷くなっていた。もう辺りの景色も霞んでしまうほどだ。

 わたしは傘を持っていない。おばあちゃんに迎えに来てもらうわけにはいかず、右往左往していると、三島さんがやって来て外を眺めていた。

 わたしは今日の昼間のことについて何か言わなければと思ったが、上手く言葉が出てこない。

 下校時間を過ぎ、静かな玄関に三島さんの鞄の開く音が耳に届く。

 三島さんはわたしに何かを差し出した。

 わたしはそれを見て、言葉を失った。

 黒い男物の折り畳み傘だった。

「これ貸すよ」

 三島さんは他に傘を持っているような気がしなかった。

「三島くんは?」

「なくても平気だよ」

「いいよ。わたしが忘れたのが悪いんだもん」

「使えよ。もしお前に傘を貸さずにお前が風邪ひいたりしたら母親が煩いし」

 わたしは三島の言葉がオーバーだと思いつつ、つい笑ってしまっていた。わたしはグラウンドに目を向けた。
 彼の申し出はありがたい。だが、この雨の中傘を差さずに歩いたら三島が風邪を引いてしまいそうな気がした。

「じゃ、一緒に入って帰ろう。それなら良いよね?」

 三島は目を見開き、細めていた。わたしは彼が笑うのを久しぶりに見た気がした。