わたしは一生に一度の恋をしました

「でもここで暮らしたら迷惑を掛けてしまうかもしれない」

 わたしの脳裏に千恵子さんの話が過ぎっていた。

「迷惑なんてことはないよ。もう良いだろう。こっちは随分苦しんできた。千明も亡くなった。一体誰に気を遣う必要がある? もういいよ」

 マツさんの体は小刻みに震えていた。それはどういう意味を持っているのかわたしには分からなかった。


 夫を失った悲しみなのか、娘を失った悲しみなのか。

 寂しいと思う、と千恵子さんの寂しげな笑顔を思い出す。もうマツさんも若くはない。

 今日ここでこの町を離れたら次にきちんと会える保障もない。

 人の明日は保障されたものではないということもわたしは母親のことで痛いほど知った。

 きっと母親ならわたしの気持ちを分かってくれるだろう。

 大切なのは今わたしがどうしたいかということなのだろう。

 わたしはマツさんの言葉に頷く。

「わたしもここで暮らしたい」

 マツさんはわたしの返事を聞くと、嬉しそうに笑い、今日はお祝いだねと言った。