やさしくされることは幼少期からずっとあった。
幼稚園時代の可愛かったキャラ弁が朧気に記憶にある。私が小学生に上がる頃には3つ下の妹のはるも一緒に連れて父と朝限定のメニューを食べに喫茶店にも行った。
健忘が酷くなって消えてく記憶のなかにさえ、しあわせな私がちゃんといるのにそれを受け取れる余裕は私には無かったのだと思う。
いつだって怯えてた。一言一言の正解を探してた。
なにを言ったら両親は機嫌を損ねてしまうのか。いつのまにか台本があるように欲しい返答ができるようになっていた。
いつのまにか喫茶店のメニューを選ぶことにさえ意思を持てなくなっていた。
