「お父さんは?」

「食べてくるって」

「じゃあ、これも食っちゃうよ」


さすがにもう余らすしかないだろうと思っていた煮物と揚げ物を、あっさり青くんがお腹に収める。なんて燃費の悪い姉弟だろう。

何度か会ったことのある紅未子たちのお父さんは、ふたりによく似て背の高い、かっこいいビジネスマンだ。仕事もバリバリするけれど、家庭もおろそかにしない、理想の権化のようなお父さん。

紅未子の家は、どこも欠けていない。

ねえ神様。どうして紅未子だけ、こんなアンバランスにつくってしまったの。




「駅まで送る」と言って、紅未子は一旦自室に上がって着替えてきた。戻ってきたのを見て、「あ」と青くんが声をあげる。


「そのパーカー、どこいったのかと思ってた」

「気に入っちゃったから、借りてるの」

「俺だって気に入ってる、返せ」

「嫌」


青くんの手から逃げた紅未子が、私の後ろへ回り込んだ。着ているのは、黒いニットのパーカーだ。

姉をじろっと見合わせた彼は、すぐにあきらめたようにちらっと笑い、男の子らしい、くたびれたスニーカーに足を入れた。

紅未子は外出するとき、絶対に女の子らしい恰好をしない。スカートを履いているところなんて見たことがないし、パンツでも極力身体のラインが出ないものしか身に着けない。

そうやって紅未子は身を守る。私はあなたのターゲットにはなり得ませんよ、と必死に男の人に訴える。

だけど悲しいかな。紅未子の放つ光は、男物の服くらいじゃ隠しきれない。




「紅未子!」


マンションの敷地を抜ける、静かな夜の小道に、青くんの声が響いた。

一瞬のことだった。『なにか飲む?』と青くんが自動販売機のほうを向いた瞬間、暗がりから伸びてきた手が紅未子をさらったのだ。

奪い返す暇もなかった。