「馬を下りて、君に酒を飲ましむ」


青くんの少しかすれた響きの声が、教室を心地よく満たす。

『君に問う』という朴訥で哀愁に満ちた第二句を、私は口の中で一緒に詠んだ。


「そこまで。出席番号、次…また小野か、女子のほうだな。続きを読んで」

「はい」


青くんと入れ替わりに紅未子が立ち上がる。すっとしたきれいな姿勢で、両手に教科書を持つ紅未子は、そこにだけ光があたっているように淡く輝いて見えた。

青くんは紅未子が読み上げる間、頬杖をついて見守り、終わると安心したように息を吐いてノートに目を戻した。




あれは去年の冬。


『姉貴べったり』


教室内からそう聞こえてきたとき、私は戸口をくぐりかけた足を思わず止めた。一緒にいた青くんは、紅未子と同じ、少し青みがかった不思議な茶色の瞳で、教室の中をじっと見ていた。

私たちには気づかず、会話は続いた。


『それよりあの、おまけちゃん、なに?』

『弟、絶対あれ好きだよね』

『姉貴かあれだけじゃね、弟が話しかける女子って?』

『言えてる』


数人の女の子たちがギャハハと楽しそうに笑った。全体的におとなしめなこの学校では少数派の、派手なメイクに気合いの入った髪形の子たちだ。

私は青くんを振り返って、『帰ろ』と促した。

運悪くHR委員を引き当ててしまった時期だった。その日は隔週でやってくる自由HRについての打ち合わせのため遅くまで残っていて、部活帰りの青くんと一緒になったのだ。

レポート課題の出た生物の資料集を忘れたことに気づき、教室に取りに戻ると言った私に、もう暗いからと青くんはついて来てくれた。

間の悪いところに引き合わせてしまった申し訳なさに、身の置き場がなかった。