「そんな簡単に? 大丈夫?」

「私、つまんないんだって。だからちょうどよかったって」


「クズが」と青くんが低くつぶやくのが聞こえた。


紅未子はどこかほっとしたように、握りしめていた携帯をバッグにしまう。


「授業始まる前に、購買でネクタイ買ってくる」

「俺が行く。これ、してろ」


青くんは自分のネクタイをさっとほどき、紅未子に投げた。紅未子は素直にそれを受け取って、自分の襟元に巻く。

つやつやした爪の華奢な指が動くのを見ていると、なにか音楽でも紡ぎ出されるのではという気になってくる。

が、紅未子の指はもたもたと、いつまでたってもネクタイを締め終わらない。


「やってあげる」

「ありがと」

「いつも、どうしてるの?」

「輪っかのまま、脱ぐの…」

「こういう生徒がいるから、ホック式のネクタイにしようなんて低次元な提案が保護者からあがるんだよね」


しかし紅未子の正面から結ぼうと試みた私は、自分でやるのと勝手が違うためあっさり混乱した。あれ、右と左がわからないよ?

やり直そうとしたところに、青くんの手が紅未子の肩越しに伸びてきて、「貸して」とネクタイを取り上げた。紅未子の後ろに膝をつき、毎日ちゃんと結んでいる人の手つきで手早く締める。


「がんばったな、電話」


結び目の位置を整えると、青くんがそう言って、紅未子の頭を優しく叩いた。紅未子は嬉しそうに笑い、背中を彼に預ける。それを青くんが愛情深く抱きしめる。

ふたりがこうしていると、鹿とかそういうきれいな動物が遊んでいるみたいだと私はいつも思う。