「背後に立つときは」
信一は、良いお兄ちゃんだった。良いお兄ちゃんは妹に好かれていた。

「お兄ちゃん起きた!遊ぼ!」

妹の朝実が、起きたばかりの兄に言った。兄の目の前を跳び跳ねる。

信一は、内心ではそんな妹をうざったいと思っていた。

お兄ちゃんだからと面倒を押し付けられイライラしていた。

妹に構うのは親の役目。そのはずなのに、自分にばかり
押し付けるから、遊ぶ=兄となっている。そして、遊ぼうと言ってくるのだ。

「友達と約束してるから今日は駄目だ」

「え~!?じゃあ、お友達とも遊ぶ!」

予想外の返事だった。
しかし、そうしたくはなかった。

買ってもらったばかりのゲームで遊ぶ予定だ。仲の良い友達だけで、ゲームの世界に入り浸りたかった。そこに妹を入れる余地はない。

ため息をついた後、信一は朝御飯を食べ始めた。
着替えているときも、持って行く筆記用具を探すときも妹はまとわりついてきた。

「お兄ちゃん!」

「あーもーわかったよ!」

妹の表情がすぐに明るくなった。
二つの大きなベッドがある部屋に入ると、妹もついてくる。
親は早くに仕事に行ったからいない。今なら入っても怒られなかった。

「窓見てみろ、良いのが見れるぞ~」

兄は窓を開けた。家と家の間だった。暗くてじめじめしていて、下には苔が生えている。

「何~?向こうのお家?」

信一は椅子を窓の近くに移動させた。その椅子に妹が乗った。

「下を見るんだよ」

「うわぁ!緑だ!」

苔が生えた地面を見てはしゃいでいる。
兄は妹の背に手をつけた。


「えっ?」


妹の体は窓の向こうに落とされた。
兄はすぐに窓を閉めた。

これで、妹のお守りから解放された。

窓の鍵を閉める時、邪魔だった椅子を戻した。

信一はそのまま遊びに行った。遊んでいる最中、他の人に見られていなかったか、自分がちゃんと見ていなかったからと責められないか心配になった。

大丈夫だ、見られていたらすぐに人が家に集まる。外に出たとき、俺にも何か聞いてくるはずだ。

それに、子供二人で置いとく親の方が責められるはずだ。小学三年生に子供の面倒を見ろと言う方がおかしいんだ。

先のことを心配しているが、罪悪感がない訳ではない。

最初は本当に仲が良い兄妹だった。親に言われて遊ばされる時間が増えたことで、妹を可愛いと思えなくなっていった。