…………それは、考えてなかった。

たしかに、佐藤の言う通りだ。


あたしがここで飛び降りたりしたら、たくさんの人に迷惑がかかるだろう。


…………でもさあ、それって当然じゃない?

さぁ今から死ぬぞ、ってときに、そんな自分の死後のことまで考える余裕のある自殺志願者なんかいるわけないでしょ。


でも、さっきまでの自殺願望は、あたしのなかで、空気の抜けた風船みたいにしゅるしゅると縮んでいった。


だって、『ただの肉塊と化した』自分の死体なんて想像したら、正直、気持ちが悪い。


それに、死んだ後、この部屋を片付けてあたしの持ち物を処分する人もいるわけだ。

自分の部屋が他人に荒らされるのなんて、かなり嫌だ。

見られたくないものだってたくさんあるし。


ついでに、地元の両親の顔なんかも思い浮かんだりして、完全にあたしの自殺への勢いは削がれてしまった。


「………な、分かっただろ? お前は大バカだって」


真下で佐藤がにやりと笑っていた。

あたしはなんだか気まずくなって、唇を噛んで俯いた。


「だから、ここでは死ぬな、って言ってんだよ。俺だって、真上の住人が飛び降り自殺なんかしたら、寝覚め悪りぃからな。死ぬんなら、誰にも迷惑かからん方法で勝手にどっか遠くでやってくれ」


佐藤はそれだけ言って、灰皿で煙草を揉み消すと、ベランダの奥の方へ消えていった。

しばらくして、がらがらぴしゃり、という音。

どうやら佐藤は、部屋のなかに戻ったらしい。


ここまでのやりとりが、佐藤が煙草を一本吸う間にも満たなかったとは、なんだか拍子抜けしたような気分だ。


「…………ふう。あたしも戻るか………」


独りごちて、あたしはすごすごとベランダの手すりから降りた。

ドアを開けて、室内に戻る。