「1800年代半ばのイギリスでは、ナポレオンによる一連の戦乱も一段落し、膨れ上がった海軍の軍備リストラの一環として、北極航路の探検再開が提案されたのです」
ナポレオン率いるフランス軍を撃退するため、イギリス海軍は軍備増強。
戦後有り余った軍備を縮小させるために余分な船を活用し、二百年近い空白期間を経て極地探検に再チャレンジすることとなったようだ。
「そして1845年に、のちに悲劇を引き起こすフランクリン隊が旅立っていきます」
艦長を務めたフランクリンは、ナポレオン戦争にも従軍した海軍軍人で。
戦後はカナダ北部の探検を成功させ名声を得て、当時植民地だったタスマニア(現在のオーストラリアの一部)に栄転するも、政争に巻き込まれて失脚。
この挫折から一発逆転を狙ったのか、当時計画されていた極北探検プロジェクトの指揮官に立候補し、任命された。
最先端の設備を有した二艘の艦隊で、1845年の春に130人近い乗組員と共に意気揚々と出港して行ったのだが……誰一人として故国へ戻ることはなかった。
ナポレオン率いるフランス軍を撃退するため、イギリス海軍は軍備増強。
戦後有り余った軍備を縮小させるために余分な船を活用し、二百年近い空白期間を経て極地探検に再チャレンジすることとなったようだ。
「そして1845年に、のちに悲劇を引き起こすフランクリン隊が旅立っていきます」
艦長を務めたフランクリンは、ナポレオン戦争にも従軍した海軍軍人で。
戦後はカナダ北部の探検を成功させ名声を得て、当時植民地だったタスマニア(現在のオーストラリアの一部)に栄転するも、政争に巻き込まれて失脚。
この挫折から一発逆転を狙ったのか、当時計画されていた極北探検プロジェクトの指揮官に立候補し、任命された。
最先端の設備を有した二艘の艦隊で、1845年の春に130人近い乗組員と共に意気揚々と出港して行ったのだが……誰一人として故国へ戻ることはなかった。



