「15世紀から16世紀にかけてのいわゆる大航海時代、当時ヨーロッパで力を持っていたスペインとポルトガルが勝手に、自分たちだけで世界を二分してしまうトルデシリャス条約を結んだのです」
当時強国だったスペインやポルトガルはお互い新領土獲得の野心に燃え、南北アメリカやアフリカなどに繰り出して行き。
行く先々で所有権問題などの対立を引き起こしていた。
そこで当時のローマ教皇の承認を得て、スペインとポルトガルとで分け前を山分けし、平和裏に住み分けるためにこの条約は調印されのだった。
この条約の調印にカチンと来たのがイギリス、フランス、オランダなど他のヨーロッパ諸国。
だがスペインやポルトガルとの戦いに踏み切る国力は当時保持しておらず、かと言って喜望峰やマゼラン海峡を通過する際に巨額な通行料を支払うのも大きな負担だった。
そこで他の国々は、アジアへと至る別のルートの開拓を試みたのだ。
「南北アメリカ大陸のどこかに、大西洋から太平洋へと抜けられる海峡のようなものがあると期待し、たくさんの探検隊が派遣されたのですが、残念ながら南北アメリカ大陸は全て繋がっていました」
抜け道は存在しないことがやがて判明。
当時強国だったスペインやポルトガルはお互い新領土獲得の野心に燃え、南北アメリカやアフリカなどに繰り出して行き。
行く先々で所有権問題などの対立を引き起こしていた。
そこで当時のローマ教皇の承認を得て、スペインとポルトガルとで分け前を山分けし、平和裏に住み分けるためにこの条約は調印されのだった。
この条約の調印にカチンと来たのがイギリス、フランス、オランダなど他のヨーロッパ諸国。
だがスペインやポルトガルとの戦いに踏み切る国力は当時保持しておらず、かと言って喜望峰やマゼラン海峡を通過する際に巨額な通行料を支払うのも大きな負担だった。
そこで他の国々は、アジアへと至る別のルートの開拓を試みたのだ。
「南北アメリカ大陸のどこかに、大西洋から太平洋へと抜けられる海峡のようなものがあると期待し、たくさんの探検隊が派遣されたのですが、残念ながら南北アメリカ大陸は全て繋がっていました」
抜け道は存在しないことがやがて判明。



