愛を込めて極北

 「……キングウィリアム島西岸を歩き回っている時だった」


 楠木は、遭難した時のことを時系列順に語り出した。


 「海岸沿いを歩きながら、気になるポイントをその都度見回っていた。するとついに見つけたんだ」


 「何をですか?」


 「フランクリンの墓だ!」


 「は? まさか」


 「嘘だと思うだろ? だけど俺はこの目で見たんだ」


 ……1846年9月11日にフランクリンの二隻の艦隊は、北西側に広がる北極海から押し寄せてきた海氷に取り囲まれ、身動きが取れなくなった。


 翌年の夏は記録的な冷夏で、夏が訪れても氷が溶けず船は動けないまま。


 まさに八方塞がりな状況下、1847年6月11日に指揮官フランクリンは死去。


 死因は不明だけど、心労の蓄積が寿命を縮めたのだろう。


 問題は、フランクリンの遺体の行方だ。


 海軍では遠洋にて死者が出た場合、水葬として遺体を海に沈めることがよくある。


 しかしながら指揮官が死亡した場合、残された部下たちは遺体を棺に納め、故国イギリスに持ち帰ろうとしたとも考えられる。


 船を放棄することが決まった際、一時的にキングウィリアム島に遺体を埋葬して、後日救援隊と合流できた祭に指揮官の遺体を持ち帰る計画だったのかもしれない。


 生存者がいなかったためもはや確かめようもないが、キングウィリアム島のどこかにフランクリンの棺はそのまま眠っているという説は根強い。


 現地のイヌイットが、フランクリンの墓らしきものを目にしたという噂もある。