愛を込めて極北

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 カナダのヌナブト準州内、北緯およそ68度。


 しばらく夏の雨が降り続いた後。


 どこまでも白い霧が、キングウィリアム島西岸を埋め尽くしていた。


 「知ってる? 未だにこの辺りでは、死肉をくわえてさまよう白人の幽霊が出るんだぜ」


 「ああ、ジョアヘヴンの老人がそんな話してたな」


 そんなことを語りながら、二人一組で海岸を捜索しているのは。


 数日前にジョアヘヴンを出発した捜索隊隊員たち。


 フランクリン隊の遭難は、キングウィリアム島沖合で氷に閉ざされた日とすると、1846年9月11日。


 日本史的には江戸時代末期、幕末のことだ。


 黒船来航が1853年だから、そのちょっと前。


 そう考えると、フランクリン隊の遭難があったのは歴史上の話。


 私の曽祖父母のさらにまた祖父母あたりが生きていた時代だろうか。


 「フランクリン隊の連中か。生き残るために死んだ仲間の肉を食ったって」


 カニバリズム(人肉食)にも至ったフランクリン隊の遭難は、たまたま目撃した現地のイヌイットたちにも相当センセーショナルな出来事だったらしく。


 子孫たちに代々語り継がれているようだ。


 そして人肉食の伝説は、食人鬼や幽霊出現話にも発展していった。