愛を込めて極北

 「……もう帰るつもりなの?」


 期待に反し、早々に帰宅しようとする楠木に百合さんは、非難めいた口調で尋ねた。


 「明日、早いから」


 「この期に及んでも、婚約者をないがしろにするわけ?」


 「ないがしろになんかしていないだろう? 俺は百合に配慮して、」


 「出発前夜にさっさと逃げ帰ることが、配慮?」


 「旅の前に集中力を研ぎ澄ましておきたいんだ。……もしも旅先で、まだ名前の付けられていない場所を発見したら、そこは百合と生まれて来る子供の名前を付けるからさ」


 「……外面(そとづら)だけはいい人ね。私の気持ち、何も分かっていないくせに」


 「どうもケンカ越しだな。せっかくの出発前夜、もっと楽しく過ごせないのか」


 「楽しくなくしてるのは暁、あなたじゃない!」


 「俺が? なぜ?」


 百合さんの気持ちを理解できない楠木は、ますます百合さんを逆撫でしているようだった。


 「私の気持ち、何も知らないで! 善人ぶらないでよ!」


 「何言ってんだ。俺にどうしろと」


 「……今晩ずっと、私のそばにいてよ」