「……いずれにしても、まずはこれから生まれて来る子供のことを、第一に考えてください」


 しばらくの沈黙の後、ようやくこう告げることができた。


 そして再び歩き出す。


 「本当にもう辞めるのか?」


 「はい。私が近くにいるのは、あまりよくないと思いますし。第一私もこれ以上は耐えられません」


 極北旅行家というあまり類を見ない人の事務所に出入りすると、他では味わえない体験をたくさんすることができる。


 刺激的で日々興味深かったけれど、私がいつまでも事務所にい続ければ百合さんを刺激するし、周囲の人も気を遣って雰囲気が悪くなると思う。


 楠木の本業にも悪影響を与えかねない。


 それ以前に私自身が、二人の新婚生活の傍らで、何事もなかったかのように自然体でなんて居続けられない。


 ……これ以上、そばにいられない。