愛を込めて極北

 「ばっかじゃないですか」


 思わず私は笑い出した。


 立ち上がってお腹を抱えながら笑ってしまうほど。


 「普通のサラリーマン? できっこないくせに」


 「やってみなきゃ分からないだろ。実際昔の俺には、今こうして極地を旅しているようになるなんて、予想もつかなかったんだし」


 「そんなライフワークを放棄して、普通のサラリーマンなんて絶対無理! ていうかサラリーマンを軽く見てませんか? 誰にでもできる簡単な職業だって」


 「別の手段で生計を成り立てていく必要があるだろ。やる気になれば就職活動も」


 「今の自分が、どんなに恵まれた環境にいるか全然解ってないようですね。普通の手段では達成不可能なノルマがあったり、お金が一円でも合わなかったら原因が判明するまで帰られなかったり。お局や上司に理不尽なことで怒られても反論できなかったり。社会情勢の悪化と共に職場がブラック化したりとか。嫌なこと我慢ばっかりしなきゃならないんですよ。サラリーマンなめんなよ!」


 「俺だって社会人経験はあるし、それくらい解ってる。それでもなお、いくら好きなことを続けるためだからって、いつまでも百合の好意に甘んじていることに対する違和感を、もうかき消せなくなったんだ」


 「……」


 「自分をごまかして今日までやり過ごしてきたけれど、今こそまさにきっぱりと結論を下さなければならないと思う。もう百合への甘えは卒業して、自分だけの力で、新たにお前との将来を」


 「いつまで寝ぼけたこと言ってるんですか」


 「しばらく真面目に考えてきたことだ」


 「そんなことしてる場合ですか? 百合さんとの間にはもう子供がいるのに!」