愛を込めて極北

 「それでも! 退社後にテニスのない日は、時間を持て余しているようだし。頑張って楠木先生のお手伝い、続ければいいのに」


 すっかり楠木に洗脳されている母は、楠木を「先生」付けで呼んでいる。


 「いえ、お母さん。先生だなんて恐れ多いです」


 謙遜の仕草を見せているが。


 百合さんが話していた楠木の過去の話からしても、猫をかぶるのはお手の物みたいなので信用できない。


 その時急に、家の電話が鳴り出した。


 「最近家の電話にかかってくるのは、押し売りばかりだけど……」


 玄関にある家電へと向かい、母は出て行った。


 まずい、楠木と二人きりの空間が生じる。


 ……。


 「ご病気と伺ってましたが、お母さんずいぶんとお元気そうで」


 楠木が沈黙を破る。


 わざとらしいくらいに丁寧な口調で、私の嘘を見抜いたからか口元には笑いを浮かべている。


 「こんなところまでご足労いただいて、申し訳ないですね!」


 私も楠木同様、丁寧で冷静な口調を心がけていたけれど、徐々に感情が高ぶってきて、ケンカを売るような言い方になってしまった。