楠木の今年の極北出発は、今月末。


 例年、北海道が春爛漫となる頃に旅立ち、夏を迎える頃に帰国する。


 せっかく北海道に移住したにもかかわらず、一年で一番爽やかな季節を一度も、楠木はこの地で迎えたことがない。


 「あなたも分かるわよね? 自分がこれからどうするべきか」


 「……」


 おそらく、このままおとなしく身を引けと意図している。


 「暁の旅は、まさに命がけ。私が子供を産むこともまた、それくらいに困難が伴うことなの。これから人生の一大イベントをそれぞれ迎えようとしている私たちは、余計なトラブルは極力回避する必要がある。それはつまり、あなたのこと他ならないのよね」


 私がトラブルの根源。


 楠木の心を乱し、安全な旅に危険を及ぼす。


 同様に百合さんの心にも不安を与える。


 これから妊娠出産という、人生で最も大きな試練を迎える百合さんにとって、私がどれほどストレスになるか想像もつかない。


 「……安心してください。私は今日を限りにもうここには来ないつもりでしたから」


 そう言わざるを得なかった。