愛を込めて極北

 ……翌週、楠木は東京へと向かった。


 極北への旅立ちが目前に迫り、東京のテレビ局から出演依頼があったとのこと。


 冒険番組のコメンテーターのような役割で、全国ネットで放送される。


 PR活動の一環で、楠木はオファーがあればマスメディアにも積極的に出演している。


 容姿に恵まれているため、テレビや新聞雑誌などにはなるべく露出したほうが得策ともいえる。


 そんなわけで楠木は北海道には今夜いないため、その隙を狙って私は事務所に赴いた。


 事務所の私物を全て回収するために。


 「えっ、桜坂さん辞めちゃうんですか?」


 事務所で留守番をしていた人たちは驚いた。


 「そんな急に。せめて送別会を」


 「ごめんなさい。母が急病で。ちょっと時間もないから、会えない人たちにはよろしくお伝え願えますか」


 「楠木さんは今東京ですし……。最後に挨拶は」


 「……直接連絡して事情を説明し、了承を得ましたから」


 了承を得たなんて全くの嘘だけど、事務所の人たちに真相は告げるわけにもいかず、母の病気を理由に必死で丸め込んだ。