愛を込めて極北

 「……逃げたかな?」


 庭に回り込んだ時には、キツネの姿は見失ってしまった。


 楠木の自宅兼事務所の庭は、向かいの林へと通じており、そこの木々の中へと逃げ込んでしまったのだと思われる。


 「暗くなってきたし、帰るか」


 春を迎え、林の木々は葉を広げ始めている。


 足元の芝生も、寒さから守っていてくれた雪が消え失せ、太陽の熱を吸収してすくすく伸び始めた。


 森の木々、そして芝生の匂いに春の訪れを感じる。


 あと半月くらいで、この辺りにも桜前線が到達するはず……。


 「!」


 春の訪れを実感しつつ、深呼吸をしていた時のことだった。


 事務所に隣接した楠木の自宅二階に、灯りがついているのに気が付いた。


 そして二階の窓の外、バルコニー部分に人が立っている。


 楠木だ。


 バルコニーの手すりに片手を置き、西側に広がる林、そのはるか向こうに見える山並みのほうを見つめていた。


 ちょうど先ほど、太陽が沈んでいった方角だ。