「それで、
なぜこんな夜更けにここにいる。」
ひとまず通りに出た2人は改めて向き合った。
アデルは青年に問われてようやく用事を思い出し、ああ…!と胸の前で手を叩いた。
「そうよ…!私、宿に行きたかったのに迷子になってしまったの。もしよろしければご案内してくださる?」
「何という宿だ。」
「『ナーシャの宿』よ?ご存知かしら…?」
ナーシャの宿、そう復唱したとたん彼の瞳は鋭くなり、アデルのそれを真っ直ぐに貫いた。
月明かりに照らされて見えた顔は一向に変わらず、表情から彼が何を考えているのかは一切読み取れない。
アデルは突き刺さる視線に怯えてあとずさったが、それに気付いた彼は申し訳なさそうに「すまない」と目を逸らした。
「『ナーシャの宿』なら俺も行ったことがある。」
彼はアデルにそう伝えると徐に歩き始め、アデルは慌てて彼の隣に並ぶ。
「ちょっと!出発するなら言ってちょうだい。」
と彼女は抗議するように青年を下から覗き込む。
青年は、アデルを一瞥しただけで淡々と歩みを進めたが、アデルには彼が歩調を緩くしたような気がした。
