「おはようございます!」

四月のある日。

私はとあるマンションの一室、つまり自分の家で鏡に向かってそう声を上げた。
そして、にこりと微笑む。

うん。今までの練習の中で一番うまく出来た気がする。


..今日から私は、ずっと憧れだった先生になる。高校三年生の時、あの先生に出会って、すべてが変わった。

それまで勉強が大嫌いで大学に進む事も親に命令みたいな形で言われ、

拒否権なんてないまま決められたみたいなものだったのだが、
彼が教えてくれたことは何故か私の頭の中にするすると入っていき、
今まで嫌だった勉強も自分から行うようになり、努力とか自分とは無縁だったことも積極的にするようになった。

..そしてみんなに無理だと言われ続けていた最難関志望校に合格したのだ。

それもこれも全部あの先生に出会ったおかげであった。

..あの先生のようになりたい、あの先生のように子供たちを笑顔にして未来を描く手伝いをしたい。そんな風に思っていたことも確かだが、やっぱり..


..もう一度彼に会いたいのだった。


彼と再会した時にきちんとしている人だと認識されたくて。



─女性として....認めて欲しくて。



それだけが理由で先生になった。

不純な動機だと周りには笑われそうで怪訝な顔をされそうでこの気持ちは自分の心の中にしまったままでいる。

私は顔を上げもう一度鏡を見ると前髪に手をやって綺麗に整えた後、隣の部屋に移動した。


畳が敷き詰められたその部屋に入ると買ったばかりのタイツがさらりと音を立てる。

近くのタンスの一番上の引き出しをからりと丁寧に引くと、きらりと光るそれが目に入る。わたしはそれをゆっくりと取り出すと首に掛け、後ろできちんと止める。

あんなに苦手で何度も何度もやり直していたこの止める動作も今となっては何ともなく出来る。


スタンド型の鏡でそれの所在を確認しながら位置を正すとまた1人で微笑んだ。



..このネックレスは、あの先生からもらったものだった。高校三年の秋、受験まであと少しという時に彼がお守りとしてくれたのだ。

それからというものずーっと付けていて、教員免許取得の際にも勿論それは私の胸元にあった。

花形のモチーフにキラリと光る淡い茜色のそれは本当に綺麗で何度見てもうっとりしてしまう。それが…好きな人に貰ったものであれば大切にするのは当たり前だろう。

今日も勿論付けていく。大事な大事な最初の日。..夢に向かっての大きな第一歩だ。



私はネックレスをぎゅっと握り大きく深呼吸した。


「大丈夫。大丈夫。きっと上手くいく。」


なにかをする時いつも口にする言葉を呟く。

ふと近くにある時計に目をやると..


..7時!?

予想していた時間と全く違う時間を表示していたその時計を見て私は大きく目を見開いた。

大変だ!8時までには学校につくように言われている。

私は慌てて鞄を肩にかけダダダダと音を立てながら玄関まで爆走する。


「行ってきます!!!」



私は急ぎながらも心は幸せに満ちていた。
これから夢のような日々が始まるのだ。


思わずもう一度笑みが零れた。



..これから起こる惨劇など知らずに..