「ミスター…じゃない、彼?」
「……はい」
「顔見ればわかるよ。いつきちゃんたらすっかり恋する乙女。あっ元々かー」
「からかわないでくださいってば」
エレベーターに乗り込み、返信の文章を考えながら打ち込むうちすぐにエントランスに着く。
背にした扉が閉まり送信し終えたところで、結衣子さんの「あらあら」という声が聞こえた。
ちょっとわざとらしいこの言い方は、仕事中にも何回か聞いたことがある。
本気ではないけど困ったみたいな時に使う言い方だ。
「結衣子さん? どうし」
「がんばんなよー。お疲れさま」
「え? え? 駅まで一緒じゃ」
先に歩き出してしまった結衣子さんを追って小走りになりかけて、気付く。
総合受付のさらに向こう側。
カフェに居る時はビルにもしっかりなじんでいるけど、私服だとどこか浮いてしまう幼さが微かに残る男の子。
(……上坂くん)
仕事のあとにも会うはずだった睦月さんが残業になってよかったのか、悪かったのか。
外に出るための自動ドアはいくつもあるけど、あえて上坂くんがいないドアの方向へ向かうことは出来ない。
だって上坂くんも私が気付いた事に間違いなく気付いている。まっすぐこっちを見ているから。
逃げるわけにはいかない。
好意を示してくれたのは本当だから、大人としてちゃんとしないと。
「お疲れーいつきちゃん」
数時間前、睦月さんに見せた硬い表情とは全然違う。
上坂くんはいつものように軽く手を振って笑っていた。
「……お疲れさまです」
「オフん時は敬語いいのに。ホンットおかたいなー」
「…上坂くんはなんでここに?」
「話がしたくて。ストーカーみたいで悪いね」
言いながら先に足元のラグを踏んで自動ドアを開けてくれる。
寒さに肩を縮ませながら、上坂くんはもう1度笑った。

