森の散歩はなんとも不気味で、富士の樹海でも歩いてる気分だ。
10分ほど進んだが、進んでる自信はない。
鳥は鳴く、虫は飛ぶ、波に濡れた制服が足に張り付いて歩きづらい。起伏の激しい獣道を歩くには最悪だ。
まだ明るいが、日没も時間の問題。急ぐに越したことはないが無闇に歩き回るのも危険な気がした。

「グフルゥ…ングゥゥゥ…」

「ウソだろ…」

不穏な唸り声が響く。足を止め周囲を警戒するが木が障害物となり何も見えない。

「無理、熊は無理熊は無理…それ以外も無理」

唸り声に被さるように小枝が折れる音が夏希に近づく。確実にいる何かが分からぬまま、夏希はジワジワと足を動かす。
葉が風に揺れる音さえ今の夏希には心臓が飛び出そうなほどの恐怖となっていた。
姿を捉えることが出来ないままゆっくりとその場から離れようとする夏希だが、背後からパキパキという音が今まで以上にハッキリと聞こえた。

「……!」

命の危険を感じた夏希は背後を確認することなくそのまま前方へ全力で走り出す。それを合図にするかのように横から後ろから黒い物体が夏希を追いかける。
もうこの先がどこに繋がるかなどどうでもいい。生き残る事だけを頭に道無き道を突き進む。
服は裂け、頬に傷が走る。木々の隙間を右に左に縫うように走るが、いつまでも追ってくるいくつもの足音に、夏希は絶望感に浸されていた。
本来なら絶景と捉えるべき鮮やかな緑の世界なのだろうが、状況が状況、今は森そのものが敵。腹を空かせた獰猛な肉食動物がエサを確保するために森が協力して自らのフィールドを貸しそこにエサとして放り込まれた気分だ。
独特な生え方の巨木もニヤケ顔の唇にしか見えない。幾路にも別れた枝から茂る葉も、上から眺められているようにしか見えない。腹立たしくもあるが自分もその立場になりたいと羨んでしまう。風に揺れる数百、数千の葉が放つ摩擦音が観客席からのガヤにしか聞こえない。早く食われろと言ってるのだろうか。食われてたまるか。