久しく聞いていない波の音。その心地良さを邪魔するかの如く漂う苦い香りで最悪の目覚めとなった。
見慣れた空に見慣れた太陽。目の前に広がる広大な海。砂浜に胡座をかく夏希のすぐ左にはゴツゴツとした岩場。
沖には漁船らしきものが米粒程度の大きさに確認出来る。
とても綺麗な最高の環境にも関わらず、夏希以外に人はない。人はいないが小さなカニがポツポツと点在し砂上を這っている。

腕時計は壊れており正確な時間は分からないが、長居する理由は特にない。
絶景を脳に刻み立ち上がった夏希は海を背に歩きだそうとしたがようやく頭が覚めたのかいくつか疑問が浮かんだ。

__なぜ海に?__
今朝のことは鮮明に覚えている。ネックレスをもらったことも、遅刻を確信したことも。
どうせ遅刻だから海でもいくか、なんて考えにはなるわけがない。
それに、夏希の住む県にそもそも海はない。
山しかない…いやそこはどうでもいいか。

__ここはどこ?__
海に面している県なんていくらでもある。
目の前には森。1人で森に入る勇気はないが、ここを通らないとまず家には帰れないだろう。だとしたら家はどこ?
脳がパンクしそうだった。
ここにいても仕方がない。そう思い夏希は森へと足を踏み入れる。