もう5年。5年もこの仕事をしているのに、仕事とプライベートを全然分けることが出来ていない。
仕事で失敗したわけじゃないし、誰かに迷惑をかけたわけでもない。

ただただ、「人の死」を流し見ていくようになった自分が腹立たらしい。
それだけだ。


誰もいない更衣室で、電話の向こうの敬佑くんという人物の気配だけがぼんやりとした暖かい存在に思えた。
ほのかに漂う、誰かの気配。

ただ黙って、このまま電話だけで繋がっているのも悪くない。そう思っているのは私だけだろうけど。
彼からすれば退屈なだけだ。


静かな沈黙が続いた後、敬佑くんがぽつりと発した。


『別に無理に聞き出したりしないから、今から会いませんか?』

「……え?」


なんのこと?と聞き返そうとしたら、向こうから『駅前のファミレスで待ってますね』とだけ告げられ、一方的に電話を切られた。


もうすでに切れてしまった電話を耳に当てたまま、私はポカンとその場に立ち尽くしていた。
着替え終わってもいない室内シューズを履いた自分の足を見下ろしたまま、なんの魔法を使ったの?とつぶやく。

私は彼に一言もそれらしいことなんか言っていないのに。声色にも出していないのに。
そんなに悩ましげだった?

考えても考えても、思い当たらなかった。

だけど何故か、当てたままの携帯からまだ敬佑くんの気配がするような気がして、少しだけじっとしていた。


隙間が空いた更衣室の窓からシトシトと雨の降る音が聞こえていて、ちょっと湿気っぽい匂いが鼻をつく。
そして、また忘れた、と気づいた。

ロッカーに置き傘をするつもりが、家に忘れてきてしまうのだ。
今日もまた忘れてしまった。
思い出すのは決まって雨が降ってからだ。

ファミレスの駐車場には屋根はあったかな。


そんなことを思いながら、ようやく携帯を耳から離した。