昼食を運ぶため、僕は台車に乗せて歩いていた。
最近、彼女がどんどんやせ細っていく。
元は、食べるのが好きな性格なので、心配だ。
ドアに手を掛け、開く。
その動作の途中で、かすれた声が聞こえた。
「……誠音…………」
その名前に、僕の体が冷めていく。
今、君は誰の名前を口に……?
この期に及んで尚も君は。
僕を否定するんですか?
沸き上がる、黒い感情。
気づけば、彼女を押し倒していた。
久しぶりに腕を掴んだ時に、ようやく気づいた。
こんなにも、細かっただろうか。
表情のない顔、荒れた唇。
そして、綺麗な色の瞳さえも、光を宿すことは無かった。
【智悠くんっ】
もう僕の名前を呼ぶ、君はいない。
君は、糸の切れた人形のようだった。
いつから、こうなってしまったのだろう?
どこで、僕は
間違ってしまったんだろう───
彼女は、笑った。
痛々しく、わざとらしく。
「智悠……くん、愛してるよ」
彼女の目尻から、弱々しく涙が零れ出た。
その言葉は、ずっと望んでいた言葉。
なのに、どうして────?
心は、こんなにも空っぽなの?
彼女は、震える声で笑った。
「愛して、あげるから…………お願い」
「……」
「優しく、して?」
彼女が、僕の唇に触れる。
望んでいた。
誰よりも。
君の愛を。
だけど
─────違う。
こんなのが、欲しかった理由じゃない。
こんな言葉が、欲しかった理由じゃない。
こんな顔が、見たかった理由じゃない。
「違うっ、違うっ!!」
「智悠……くん?」
僕は、ただ君に。
君に。
【智悠くんっ】
あの日のような笑顔で。
笑って
愛の言葉を、囁いて
ほしかったんだ
君の泣き顔なんか、見たくない。
どうして?
ねえ、どうして僕は。
愛する者全てを
────壊してしまうの。
【やめてくださいっ、智悠様っ!!】
あの時も。
【ヒッ、助けっ───】
あの時も。
いつだって、僕に向けられるのは。
【怖い】
“あの目”だ。
誰も愛してくれない。
唯一僕を愛してくれた母様は。
僕を残して、死んで行った。