幸福に触れたがる手(短編集)






 濡れた髪をタオルで拭きながら、彼女はまたDVDを再生する。ただし大号泣で懲りたのか、バッドエンドの映画ではなく、明るいスポ根バレーミュージカルだ。
 俺が昔どんなことをしていたのかを知ろうとしてくれることは嬉しいが、自分が出ている映像を何度も見せられるとちょっと恥ずかしい。

 ご機嫌にオープニングナンバーを歌う彼女に「合コン行かなかったんなら連絡寄越せよ」と声をかけると「仕事中に連絡できませんよ」という答えが返って来た。

「メールとか留守電とか色々あるだろ」

「でも撮影中に携帯鳴ったら大変ですよね」

「撮影中に携帯持ってねえよ」

「それもそうですね」

 全く。鋭いんだか鈍いんだか分からない。天性の物分かりの良さと理解の早さと勘の鋭さがあるのに、芸能関係のことになると疎すぎる。
 それでも俺と付き合い始めたことで興味を持ったのか、ずっと付けていなかったテレビで毎週欠かさずドラマを観たり、雑誌を買ったりしている。


「じゃあ次からはちゃんと連絡しますから、篠田さんも何かあったら連絡してくださいね」

「ああ、分かった」

「夕飯のリクエストとかもしれくれていいんですよ?」

「それただ単純にメニュー考えるのが面倒なだけだろ」

「あ、ばれました?」

 彼女はくすくす笑うと、俺が頭にかぶっていたタオルを取って、濡れたままだった髪を優しく拭いてくれる。
 ふわり、と鼻腔をくすぐるのは、もはや嗅ぎ慣れた、彼女のシャンプーの香りだ。

 それを嗅いだら落ち着いて、彼女の手の感触を確かめるように目を閉じたら「亮太さん、亮太さん」と。彼女が俺の名前を呼ぶ。
 いつもは名字で呼んでいるのに突然呼び方を変えたときは、彼女からのお誘いの合図。

「寝室行きましょ」

 恥ずかしそうにそんなことを言うから、俺は彼女を見上げてにやりと笑って「ここがいい」と返した。


 着実に、彼女は変わっている。
 思っていることを伝えてくれるし、希望も言ってくれる。もう数ヶ月前、恋人に振られた頃の彼女はいないだろう。

 俺も少しは変われた。それは良い意味でも悪い意味でも。
 本来の自分を見せることにあれだけ臆病だったのに、彼女の前ではごく自然にいることができる。
 その代わり、自分でも信じられないくらいの欲が出てきた。彼女を独占していたい、なんて……。

 それでも優しい彼女は笑ってくれるから、俺はそれに甘えてしまうんだ。
 彼女を甘やかすつもりが、俺が甘やかされている。
 そんなことを考えてくすりと笑いながら、彼女の首筋に顔を埋めた。








(了)