「馬の様子、見てくる」

雅之はその場にいることに耐えかねて、立ち上がる。

「雅之」

毬が呼び止める。

「ありがとう」

「どういたしまして。俺は何も出来なかったけど」

「そんなことないよ、絶対。
 今、ここに居てくれるんだもの」

毬は雅之に向けて、心からの笑顔を零した。

そして、また、感情を押し殺して龍星に視線を戻す。

「もう、平気。
 龍、放して」

泣き出しそうになるから、出来るだけ言葉を短く伝える。

それなのに龍星は唇を噛み締めたまま、抱きしめている手を放さない。

「お願い、龍っ」

毬は困った顔で訴えた。その瞳が徐々に潤んでくる。

「龍を困らせたくないの、ねぇ、お願いだからっ」

毬の瞳から涙が溢れる。

龍星は優しくその髪を撫でながら囁いた。

「困らせて」

「龍?」

思いがけない言葉に、毬は目を見張る。

「困らせてくれれば良いから」

「でもっ
 龍のおうちには居られないならっ」

「戻ってきて。毬が居ないと淋しくて眠れない」

毬にだけ聞こえるように、小さな声で龍星が囁く。

「本当?」

似つかわしくない発言に、毬は思わず問い返す。

龍星は真直ぐに彼女の瞳を覗き込むと
「本当」
と答えた。

毬は涙に濡れた顔で、ようやく、くすりと笑った。