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「はあっ……はあ……」



呼吸が苦しい。


今は、何時なんだろう。


時計もない孤立した部屋。


あるのは、大きなベッド。


トイレとお風呂に繋がるドア。


白い本棚に、数冊並べられた本。


シンプルな、部屋の造り。


壁から、長い鎖が伸び私の自由を奪う。


行動範囲は、トイレとお風呂に繋がるドア。


そして、右側にある本棚と左側にあるベッドだけ。


この部屋からは、到底出られない。



「…………誠音(マコト)……」



愛しい名前を、呼ぶ。


だが、彼の姿はない。


そうだ。


私。


今、独りだった。


瞳を閉じると、先程まで私の肌をなぞるあの人の指先を生々しく思い出す。


冷たい指先は、私の肌を優しく犯した。


怖い。


怖いよ。


誰か、助けて。


こんな、自分は嫌。


心では、怖いと感じているのに私の体は。



【っ……ぁ……やぁ……】



────残酷だ。


キィ……


音を立てて、思い扉が開く。


そして、カタンと金属と金属がぶつかる音がしたかと思うと。


車輪が回る音がした。


暫くして、聞き覚えのある声が聞こえた。



「……ご飯、持ってきました。」



話す気力もない私は、彼の顔を見ることなくただ横たわっていた。


すると、また一声。



「───食べないんですか。」



また無視をしていると、軽いため息が聞こえた。



「それとも、1人じゃ食べれないんですか。」



その言葉が聞こえた後、冷たい床から、小さな振動が伝わる。


乾いた、足音。


思わず振り返ると、彼は言った。



「図星だったようですね」



綺麗な顔を歪ませ、クスクス笑う彼。


無邪気な笑顔に、恐怖を覚えた。


逃げようとした足は、いとも簡単に少年に捕まれて。


私は、力が入らない身体で精一杯抵抗をした。


でも、その抵抗も虚しく、彼は私の顎を持ち上げる。


そして、自身の口に苺を咥えるとそのまま唇を重ねてきた。



「んんぅっ……」



唇の間で、苺が潰れた。


果汁が、唇のはしから零れ出た。


それを、舌で拭われさらに口内の中で苺を、互いの唇でついばんだ。


甘酸っぱい果汁が、口の中に広がる。



「美味しかったですか……?」



「っはあ、はあ……」



まだ落ち着かない呼吸をととのえて、彼を睨む。


彼は、怯むことなく笑む。



「物足りなさそうな顔ですね」



「っ、そんな訳ないっ!!」



思わず叫んでしまう。


久しぶりに出した声。


喉が痛んで、顔をしかめる。



「反抗的な目ですね……」



「っ、やっ!!」



首筋をなぞられ、彼の華奢で白い腕を振り払う。


その時に、爪がかすったのか彼の白い肌に紅の血が伝う。


彼は、傷を見ると自身の血を舐めあげた。



「……汚い。」



「ご、ごめんなさっ」



言い終わる前に、彼は力強く私を押し倒した。


上から私を見下ろす彼の表情は、酷く歪んでいた。


狂気的な瞳に、見つめられる。



「僕の血は、汚い。」



「へ……?」



近づいてきた、綺麗な顔。


大きな瞳が、私をとらえる。


────あ。




「君の血は、綺麗でしょうね……」



「な、何を……」



言い終わる前に、彼の唇が重なる。


抵抗をするが、逃がさないとばかりに彼は私の腕を拘束した。



「ん、んんぅっ……嫌っ、やだっ」



顔を背けようとするも、彼は無理やり顎を掴み正面を向かせる。


なんで?


どうして?


貴方は、私達の仲間だと、思ってたのに。


一緒に戦おうって言って、くれたのに。



【鈴夢さん】



あの日の貴方の笑顔は、もう戻らないの?




「鈴夢さん、愛してます……」


「っ、いやあっ、やめてっ」



繰り返される、「アイシテル」の言葉。


甘い、甘い愛の言葉。


今は、甘ったるくて脳内が麻痺しそうだ。




「っ、嫌っ!!」



「っ……何で、ですか。」



ようやく聞こえた、彼の言葉。


酷くかすれて、弱々しい声。



「僕は、こんなにも、君を……思っているのに……」



「泣いてるの……?」



彼の頬に、優しく触れる。


冷たくて、体温が感じられない肌。


透明な雫が、伝っていた。



「もう、嫌なんですっ……独りは……独りは嫌だっ…」



「智悠(チハル)くん……」



久しぶりに、彼の名を口にした。


彼は、子供のように泣き続けた。


ずっと、彼は独りだった。


寂しさ、感情を殺した、忌み子。


彼から語られた自身の話を、ふと思い出した。