【side 真琴】


昨夜ベットに入っても、なかなか寝付くことが出来なかった。
神山さんの優しい眼差しと、
言われた言葉が、何度も頭の中でリフレインしていた。


私が神山さんと同じくらいの年齢なら、
きっと、もっと素直に喜べたし…
嬉しくて幸せな気持ちに浸れたのかもしれない。


どうしよう…
どんな顔したら良いんだろう?
どんな顔で神山さんに会ったらいいの?


気持ちも、考えもまとまらないまま、
あっという間にドルチェに向かう時間が来てしまった。



ディナー帯の開店準備中───


いつもなら、率先して動き回る神山さんが
居ない。
何かあったのか心配になり、
何度もスタッフ専用の扉に目を向ける。


一区切りついたのか、オーナーがホールに顔を出す。


「連絡遅くなってごめんね~
今日、修二くん急遽休みだから!
大変だと思うけど、3人で頑張って‼」


「えっ!?そうなんですか?
私…さっき修二さん見掛けましたよ‼」


水城さんが驚いたように声を上げる。


「うん。大学の恩師が懇意にしてる
作家さんの講演があってね、
今朝連絡来て、スタッフ要員として
手伝ってほしいと頼まれたんだって…
夕勤出れないから、
申し訳ないって言って、
ランチ帯のホールに 入ってくれて 、
その後ギリギリまでディナーの仕込み
手伝ってくれたんだ」


本当に嬉しそうにそう話すオーナー。


「慌ててたでしょう?」


オーナーの問いに、頷く水城さん。


「切りが良いとこまでって言ってたら、
約束の時間の、30分前になってたみたい
だよ」


「タフっすね、修二先輩」


「そうだね~……でも、あ…いや、
大変になったら俺もホール入るから!」


大ちゃんが今、言い掛けた言葉を飲み込んだ。
大ちゃんの表情見ていれば、分かる。
神山さんの行動が嬉しかったんだね。


でも…そっかぁ、
今日は神山さんに会えないんだ…って、
何考えてるの、私…
さっきまで散々どんな顔したらいいとか
悩んでたくせに…‼


ほっとした気持ちより、
会えないことの方が、
心を占めてるなんて。


心の動揺が抑えられない私に、
大ちゃんの視線を感じる。
そのままキッチンへ向かうよう、
歩く大ちゃんが私とすれ違う瞬間…


「会いたい人に会えないのが残念だって、
修二くんが言ってたよ」


私にしか聴こえないような声音で、
そう囁いた。


「うわっ!?大丈夫っすか、香坂さん!
顔真っ赤ですよっ‼」


瞬間的に顔に熱が集中してるのが分かる。
谷山さんが驚くくらい…


「だ、大丈夫です。
仕事再開しましょう?」


気持ちを切り換え、
すべきことをしなくてはと、試みるも…
完璧に神山さんを、
心から追い出すことは出来なかった。