「待って、葉子。俺には、見捨てることはでいないんだ。彼女は特別だから」
「ほら、もう、十分な理由じゃないの。だったら、他の事に気を取られないで。私のことなら大丈夫だから」
これじゃあ、あべこべです。
どうして私が慰めてるんですか。
「嫌だ。離れないで。どこにも行かないって約束して。俺が大丈夫じゃない。葉子がいなくなったらどうしていいか分からない」
酷い顔。
嘘じゃないっていうのはよくわかる。
でも、彼女の次に大事だって言われても、私はいいよっていうことなんてできない。
「お願い。無理言わないで。そんなこと、私が受け入れられないの知ってるでしょう?」
「ダメだ。君が離れていくなんて、耐えられない」
「荻野君。これは仕事じゃないわ。頑張れば両方手に入るなんて言うのは無理よ。だったら、大切な方を取るしかない」
「選べないんだ。俺には。自分に向けられた期待や夢から、どうやって逃げ出したらいいのか、俺にはわからない」苦しげに絞り出すように言った言葉が、せめてもの救いだった。
「それもひっくるめて。あなたには、私を選ぶことが出来ないんでしょ?
もう、分かったから。運命だってあきらめる。
ほら、しっかりして。課長さん、明日は会社に戻ってくるの?」
「ああ、そのつもり」
「お願い」
「ん?」
「もう一度だけ、キスして。あの時みたいに」


