二人の彼~年下の彼と見合い相手の彼 ~

『今日は、家にいると思います。彼女退院したって聞いたから』

新井君が教えてくれた。

「彼女?」
彼女って誰よ。
そっか、新井さんも知ってるんだ。

退院したってことは、あの後、彼女は入院してたんだ。

電話をすればいいのに。
そうしたら、会えるかどうかすぐにわかるのに。

どういう訳か、時間を稼ぎたかった。



駅についてから、バームクーヘンを買った。
これにしたのは、荻野君が好きだっていう理由だけなんだけど。

『駅前にケーキ屋さんがあって、そこのが一番うまい』

そう言ってたし、日持ちする方がいいだろうなんて考えた。


新井さんが書いてくれた通りに歩いて行くと、3階建てのタイル張りのマンションが見えた。

これだと思って、表札に書かれた部屋の呼び鈴を鳴らす。

「はい」っていう彼の低い声とともに、ドアが開いた。

嬉しいっていうより、ひどく驚いた顔。

来ちゃいけなかったんだってすぐに思った。

でも、今さら来なければよかったって思っても仕方ないよね。荻野君。

「荻野君、新井さんに住所聞いてきちゃった」

「そう……」

大きく見開いた悲しげな眼。

手放しで歓迎してくれるかもしれないっていう期待は、無残にも打ち砕かれちゃった。



大きく吸い込んだ息。

歓迎されてないのかな。

伸びた顎ひげ。着古したジャージ姿。

どれも、私には見せたことのない姿。

会社では、隙のないスーツ姿だからちょっと驚いた。

寝てたのかな。

いきなりだもんね。
だったら、手土産だけ渡して玄関先で失礼して帰ろう。