「えっと、荻野課長の事なんですけど」
さっきより、新井さんは声のトーンを落として、遠慮がちに声で言う。
彼は、30代半ばの技術者で、営業部の所属になっても、会社の名前の入った作業着を着ている。社の雰囲気は、割と寛大でそういうのを厳しく言ったりしない。
「はい」
「主任は、何か考えていますか?」
新井さんと向き合ったまま、今、いったい私は、何を聞かれているんだろうかと考える。
「何かっていうと?」
考える範囲が広すぎて、さっぱりわからない。
「心配じゃありませんか?」
「そうね。でも、何かあったら連絡してくるでしょう」
なんだ。課長の事でいいのか。
確かに、荻野君って、アスリートみたいに頑丈な人だもんね。
3日も休むなんて、重病かもしれないって思うよね。
「連絡は取れてます」
「ん?新井さん、取ってるの?だったら、彼の事情は、よく分かってるんでしょう?」
彼は、腕組みをして考え込んでいる。
「わかってると言えるのか……なにか、こう。歯切れが悪くって。どうしたのかな。身動きが取れないんだと思います。主任、荻野課長に会いに行ってあげてください」
「電話で話せるんなら、電話しとくから」
やっぱり、一方的話して切ろう。
なんて考えてたら、新井さんが手に隠し持っていた白い紙を渡してきた。
「帰りにでも寄ってあげてください。これ、課長の住所と地図です」
小さく折りたたまれた紙には、印刷された地図に、駅から彼の家まで赤ペンで道順が記されていた。それと、新井さんの字で彼の家の住所が書かれている。


