「森沢さん、どうかしたんですか?」
あの、若かった生意気君が、営業部の課長だなんて。
苦労して彼の性格に付き合った甲斐があったというものだ。
時間が経ったなあと思う訳だ。
「ん?」
いつの間にか、彼は私の横に来て立っていた。
相変わらず頭1つ分背の高い彼は、私を見下ろすようにしている。
「どうも。久しぶりです。お元気でしたか?」
近所の年配者に声をかけるように言う。
「もう、人をお年寄りみたいに言わないでくれる?」
肘で軽く突っついてやる。
彼は、前のように私に向かって皮肉たっぷりに言い返す。
「そうですか?もう、お忘れかも知れませんが、先輩に馴れ馴れしくするなって言ったのは、森沢さんでしたよ」
「そうだっけ」彼を見つめてきょとんとする私。
「あなたの事、よく覚えてるでしょう?」
前にもよく見せてくれた、人懐っこい笑顔で言う。
「そうね。あなた、前から記憶力だけは良かったものね」
「だけとは、何ですか」視線が、私の顔からフロアの入口に移る。
原田営業部長がフロアに入って来て、おしゃべりが止んだ。
ばらけて散らばってた人たちも、さっと輪になってデスクの周りに集まった。
部長に呼ばれて、荻野君が前に出て行く。
注目を浴びても、物おじせず、さっと笑って軽く会釈をする。
うん、完璧だよと弟を見るような目で見守る。


