二人の彼~年下の彼と見合い相手の彼 ~

「失礼します」
そう言って、私は加藤さんの車に乗り込んだ。

「最寄りの駅までお願いします」

「ああ、そうだね」

「何か聞いてる?」

差し障りのない事ならいいのかな。
私はそう思って、加藤さんに話した。

「妹さんが具合悪くなったって聞いて、病院に行くって言ってました」

「妹だって?あいつに妹なんていないぞ」

「そうなんですか?」

「ああ。あいつには下の兄妹とかいないよ」

加藤さんの言葉に暗い表情になる。


「そうなんですか。電話してきたの、大学生くらいの女の子でしたけど」

「ええっ?女子大生の彼女がいるの?」
加藤さんは、うっかり言ってしまって、ごめんと頭を下げた。


「綾香さんというのは、荻野君の彼女なんですか?」

「い、いや。俺は、詳しいこと知らないから」

「慌てて行ってしまったから、どうでもいい人ではないんでしょうね」彼の妹じゃいなのか。だったら、あの慌てぶりはなんだろう。

近しい人が、救急車で運ばれた。
そんなことを聞いたら、頭が真っ白になってしまう。

あんなに慌てて。
顔面蒼白になって。

立っていられるのもやっとみたいに、目の前がくらくらして。



私は、父の時のことを思い出す。

思い出したくない記憶だけれども、こんな時にふとあの時の感情戻ってきてしまう。

もう、何年も前の事なのに。

突然倒れたと母から電話があり、周りの同僚にすぐに病院に行くように言われた。
でも、私は入ったばかりの新入社員だった。

途中で抜けるというのに気が引けて、仕事中だからって私は電話を切ってしまった。

仕事が終わって病院に駆けつけたけれど、父にしてあげられることは何もないと医者に言われた。父とは、それっきりとなった。

私は、結局父と話すことが出来なかった。

朝早く出て行く父と、帰りが遅い私は同じ家に暮らしていても、ろくに話していないことに気が付いた。


「何てこと……」