『何か変だなと思わなかった?お客様の様子、変だなあって気が付かなかったかな』
『何かって、何ですか?』
『えっとね。相手が浮かない顔をしていたり、腕組みをして引き気味だったかなあって、少しでも感じなかった?』
『別に』
『だとまずいんだけどな』
記憶力もいいし、自分の能力的にも自信のある彼。
新人として会社に入って来たばかりの時、独りよがりなところがあった。
でも、彼は口だけで、何もせずにいたわけではなかった。
むしろ人一倍努力をして、本を読み、セミナーに出ていた。
頭にせっせと知識を詰め込んでる努力の人だった。
人一倍考えてるから、納得しない。
それが分かってからは、彼の言いがかりに近い意見にも耳を傾けるようになった。
職に就いたばかりなのに、与えられた知識を、すでに自分のものにしていたし。
でも、いろんなことを知ってても、目の前の顧客の聞きたいことを聞き出さなければ、営業マンとして要求にこたえることはできない。
荻野君を居酒屋に誘って、彼が納得するまで質問に答えた。
そういう大切なことは、分かって欲しいと何度も伝えたつもりだけど。
あれから、どうなったかな。企画課に行っちゃったから、どうなったのかは分からない。
聞こえてくる噂は、好意的に受け止められてるみたいし、こうして順調に力をつけて結果を残したっていうことは、ちゃんと聞いてくれてたってことかな。
でも、6年も経つと、そんなこと遠い昔のように思えるよ。
それが……
こんないい感じになって。
女の子たちの熱い視線を集めて。
生意気な男の子が、一人前の男性になって帰って来てくれて嬉しい。
私は、姉のような気持ちで彼のことを見ていた。


