「荻野課長?若い男の人を紹介なんかしたら、うちの母から逃げられないから」
「ますます楽しそうじゃないか」
ハンドルを持つ手で、リズムを取りながら何か口ずさんでいる。
彼の横顔を見ているだけでは、本気なのか、冗談なのか分からない。
車に乗ってすぐ、幹線道路に戻る道を案内しなきゃと思った。
でも、彼は起動させているナビの画面さえ見てもいない。運転には慣れているのだ。
営業で社用車を乗り回してたから、当たり前か。
私は、案内するなんて、余計なことは言わないでおこうと思った。
かといって、何も話さないのも……
沈黙が続くのは……
ちょっと困る。何かしてよう。
「ちょっと資料読んでるね」
何もしないで二人っきりでいるなんて、息が詰まりそうになる。
「いいよ、そんなの後で。向こうについたら説明するし」
「そうかな、でも……」
ずっと前だけ見てるのも苦痛だ。
彼が新人で来た時も同じように車で移動してた。
運転は、荻野君の方が最初から上手かった。
私は、仕事を教えるのに一生懸命だったから、それ以外のことをろくに覚えていない。
その時は、私に余裕がなくて、二人きりでいて、会話がなくて沈黙してもそんなこと気にもしなかったけど。
ハンドルを彼が握って、私は何もすることがない。
横で見ているって事態が落ち着かなくさせてるのかな。
主導権は、完全に彼の手にあるし。
それが、落ち着かない理由かな。


