打ち合わせの後、あわただしく時間が過ぎた。
ドキドキさせられっぱなしで、彼から離れられてよかったと思った。
新しい体制になり、デスクの引っ越しから業務引き継ぎまで休む間もなかった。
荻野君は、会議に呼ばれて席を外していた。
そのかわりに、私が課長の代わりにチームのメンバーから質問を受けて、自分の仕事が滞ってしまって、普段よりも遅くなってしまった。
仕事を終えようとした時も、荻野課長は戻っていなかった。
「お疲れ」とメモと一緒にチョコレートを一つデスクに置いてきた。
「ただいま」
私は、やっとの思いで、帰宅した。
私は、会社から電車で一時間のところに、母親と住んでいた。
父は、すでに亡くなって実家に二人住まいだ。
帰りを待ちきれずに、玄関先に出てきた母が言う。
「お帰りなさい。あら、美容院いかなかったの?」
「美容院?」
今日一日のこと考えれば、美容院なんて遠い世界のことに思える。
悪いけど、髪のことなんか、少しも考えてない。
帰りが遅くなると、母は待ちきれずにこうして玄関先まで出てくる。
「ごめん、今それどころじゃないんだ」ほんと、くたくただ。
母の視線が、さっと私の髪に行く。
「やだ、その髪、いったいどうするの?明日お洋服買いに行く時に、美容院に寄る?」


