「契約そのものは差し迫ったものではないけど。自分の都合で遅れるのは本意じゃない。俺は行くってもう決めたよ」
「ええ、そうね。わかった。それ以上言わないよ」
シャツのしわを伸ばすのに、必死になっていた。
いつの間にか、荻野君が私の後ろに回って、背中に抱きついてきた。
「危ないって」
「うん。葉子お母さんみたい」
「何ですって!」
振り返って怒ろうとしたけど、荻野君は本気でそう思ってるみたいだった。
まったくもう。
お母さんなんて、言われて喜ぶ女がどこにいるのよ。
「母さんもこうして、よくアイロンかけててくれたな。君を初めて見た時、母さんだって思った。いたずらしたら、怖い顔で怒って、頑張ったら心の底から喜んでくれて。母さんのまんまだって」
背中が生温かく感じた。
首筋に温かいものが伝ってくる。
私は、必死にしがみついて、顔を押し付けてくる彼のことを放っておいて好きにさせていた。
「うん。それに、堂々と君を誘える」
「うん」
「俺、その頃から葉子と家族になりたかった」
「そっか。うん。それなら、あまり待たせられないね」
「うん」


