「彼は、受けた恩を忘れない人なんです。
恩を受けた人を裏切るなら、
自分の気持ちなんか、あっさりと犠牲にして、その人の期待に応えようとするんです。
本当に、バカみたいに律儀で不器用なひとです」
そういう人だから、好きになったんだ。
「ままならない想いか……」
「はい」
そんな風だから、私の想いはいつも行き先をなくしてしまう。
彼は、「そうか」といって、目の前に乾杯するみたいにグラスを上げた。
「まあ、いいじゃないか。飲んで、少しは誰かに話して吐き出してごらん。ほんの少しだけど、楽になる」
「はい」
楽になったのは、ほんの少しではなかった。
誰かに、苦しい胸の内を分かってもらえた。
それだけで、気持ちが軽くなって、嬉しくなった。
その夜は、楽しくてやっと苦しい胸の内を理解してくれる人が出来て、お酒も進んでしまった。
それは、高岡さんも同じで、
二人にとって、胸の内を初めて打ち明けられる同士のような、楽しい友人に出会ったみたいなものだった。
高岡さんも私も相当、お酒を飲んだ。
お互いの胸の内を打ち明けて、
美味しい食事やお酒を飲んでいたら、
時間なんか、あっという間に過ぎてしまった。
お店の人に、もう看板ですから
と言われて外に出て、
冷たい風にあおられて、
その後の事が見事に記憶にない。
私は、自分がその夜どうしていたのか、
どこをどうやって帰ったのか、
全く覚えてなかった。


