「彼をよく知らない人は、いい加減な気持ちで、私に好きだって伝えたって思うかもしれないですね」
私は、少々意地になって答える。
「ふ~ん」
「けれど、あの人は、そういう人なんです。
何十年もかけて愛情をもって育ててくれた、人たちからの期待を、簡単には裏切れないんです。
だから、私への気持ちは本当だとしても、彼は、私のことを選べないんです」
だから、彼との将来はなにも始まらない。
夢の中の出来事なのだ。
「そんなことできるかよ。
ひとから受けた恩のために、本当に好きじゃない相手と結婚するなんて」
「わかりません。
でも、彼は、そうするつもりなんだと思います。
あの人は、彩香ちゃんが彼のことを、
彼女が望む限り、恩を受けたって理由でその人の娘を選ぶんでしょうね」
人に自分の気持ちを説明すると、自分が置かれた立場が、はっきり見えてくる。
彼の気持ちが、地面のように固くて変わらないだろうなということも。
「そんな、面倒なやつさっさと見限って、次に行くこと考えればいいさ」
「はい。そうしないといけないと思ってます」
彼の為にも。


