でも、それを聞いてしまったら。
彼が選んだのは、彩香さんの方だって思い知らされることになる。
そんなわかり切ったことを聞いて、新たな傷を作りたくない。
「ごめん。こんなことになってしまって」
彼は、私の目の前で深く頭を下げた。
「もう、過ぎたことです。私の方は大丈夫ですから」
あなたは、私に対して、そんなひどいことをしたんですか?
深々と頭を下げる行為を見て、彼に諦めてくれと言われたようで、はっとさせられる。
「課長?心配なさらなくても、そのことで仕事に影響したりしてませんから。ちゃんと部下として働きますから、安心してください」
もう、私に言えることは、それしかない。
「森沢……」
「じゃあ、課長、仕事がありますから。これで失礼します」
ドアを閉めて、ふっと体から力が抜ける。
なんとか切り抜けた。
彼の姿を目にすると、この手で直接触れたくなる。
彼の温もりに触れて、温かみのある声に包まれて、今すぐに体を預てしまいたい。
でも、それはかなわない。
彼の腕には、私以上に大切にしてる人がいる。
私が頼めば、彼は、きっと優しく抱きしめてくれる。
けど、その時間には終わりが来る。
彼は、いつか別の人のところへ戻って行く。


