この恋を、忘れるしかなかった。

「バレて慰謝料請求とかされる前で良かったーっ!って思わないとね!私ってラッキーじゃん!」
「そうだね…」
わたしはというと、浮き沈みの激しい亜子に相づちを打つことしか出来なかった。
「でもね、これでも幸せだったんだぁ」
亜子は、わたしの顔を見ているのに、どこか遠くを見ているような表情をしていた。
「不倫…だったけど、私それでも幸せだったの……。だから、今だけは、今日だけは…泣いてもいいことにした!」
「うん…うん……!」
亜子はビールをぐいっと飲むと、
「でもやっぱ悔しいー!いい歳して遊ばれたなんて…悔しいよ梨花子〜!」
涙をぼろぼろと零しながら、亜子はまた泣いていた。
「遊び…だったのかな」
「え、何言ってんの梨花子。遊びじゃなかったら何だったっていうのよぉー!」
「うん………」
「なんとか言いなさいよぉ〜」
しかめっ面でわたしの頬っぺたを摘んでくる亜子に、
「あ、亜子痛いよ」
わたしは苦笑いを返すのだった。
霧島くんーーー…。
わたしは…遊びなんかじゃ、なかったよ。
でもそんな事を言っても、既婚者が何を言ってるんだと信じる人なんか居ないのが現実というもの。
亜子みたいに、遊ばれたと思うのが普通だよね。
「ほらほら梨花子も呑んでー!もっと呑んで〜!」
「だ、大丈夫…ちゃんと呑んでるよ」
「ほんとにぃ?じゃぁ次は何呑むぅ?」
「あ、いや、まだ入ってるから…」
こんなやりとりが、居酒屋を出るまで続くのだった。

「亜子、本当に一人で大丈夫?」
「らいじょうぶー!心配しすぎらよお〜。行って行ってー」
タクシーの後部座席にダラっと座った亜子は、わたしに向かって手をひらひらさせていた。
「帰ったら早く寝るんだよ!…すみません、お願いします」
最後にタクシーの運転手に軽く頭を下げて、わたしは亜子を見送った。
だいぶ酔っていた亜子のことが心配で家まで送ろうと思ったけど、何度言っても大丈夫と断られてしまい、それならとタクシーを呼んだのだった。
「…」
22時ーーー終電までまだ時間あるし…もう少し、呑もうかな。
わたしは前に亜子と呑んだ、駅からは少し奥まった所にある居酒屋へと向かった。
途中、いくつかのラブホの前を通らなくてはいけないのが、わたしを何とも言えない気持ちにさせる。
俯き加減で歩いていたわたしは、ラブホから出てきたカップルとぶつかってしまった。
「す、すみませ…」
すぐに謝って相手の姿を見た瞬間に、わたしは言葉を失った。