この恋を、忘れるしかなかった。

ーーー日差しが容赦なくわたしを照りつける。
「…っ」
これで良かったよね…。
少し歩いてから日傘を忘れた事に気が付いたけど、戻らなかった。
「……」
わたし……霧島くんと、なんて事をしようとしてたんだーーー思い出すだけで顔が赤くなるのと同時に、ギリギリのところで働いた理性には、複雑な感情しか持てなかった。
でもきっと、これで良かったんだ。
涙は溢れて止まらないけど、これで良かったんだと…言い聞かせるしかなかった。

夜遅く、お酒のにおいを連れて帰ってきた志朗さんに、今朝忘れて行ったスマホを差し出した。
不思議とわたしは、冷静だった。
わたしからの問いに、志朗さんはあっさりと"ゆり"との関係を認めた。
外れていて欲しかったわたしの想像は、全てその通りだった。
"ゆり"は、SNSで知り合った大学生だった。
とにかく謝るばかりの志朗さんを責める気にもなれず、わたしは無言でその場を離れ寝室に篭った。
"わたし達は、どうなることも…出来ないの"
これ以上霧島くんを傷つけたくなかったーーーそうじゃない、きっとわたしはわたし自身を守るために、線を引いたんだ。
わたしが、一番卑怯でサイテーだ。
一線を超えなかっただけで、わたしのしてきた事は志朗さんのそれと変わらないのだから。
気持ちが動いた時点で、同罪だよね…。
志朗さんの不倫を、責められる立場じゃない。
「……ッ…う……」
"警戒心が強くて…臆病"
"オレたちは、間違ってないから"
"オレは、リカのことが好きだ"
霧島くんの言葉を思い出す度に、涙が頬を伝う。
わたしは、どうすれば良かったの…?
どうにもならない想いなら、忘れるしかないじゃないーーー。


◇◇◇


「おはようございまぁす」
「リカちゃん先生おはよー!」
「先生久しぶり!」
残暑が厳しい9月ーーー今日からまた生徒たちとの学校生活が始まった。
「おはよう、今日も暑いね」
あれから………"ゆりとは別れる"と言っていた志朗さんが本当に別れたかどうかは分からないけど、夜家に帰ってくる時間は劇的に早くなり、外食もゼロになった。
それでも、わたし達の会話は減る一方だった。
もう、修復は出来ないのかもしれない…。